baby

日頃のベビーの様子を私なりに感じたり、思ったことなどが中心のひまつぶし日記

日本の柑橘類

イギリスには柑橘類といえばオレンジ、グレープフルーツ、ピンクグレープフルーツ、タンジェリン(みかん)、レモン、ライムなどがある。他にはあまり見ないし聞かない。

しかし日本には上記の他にたくさん種類がある:
みかん、いよかん、きんかん、ぽんかん、はっさく、でこぽん、ざぼん、かぼす、柚子、すだちなど。

中でもいよかんとぽんかんとでこぽん、はっさくの違いがいまいち・・・。どれもオレンジみたいな気がするけど、形で分けているのかな?


  1. 2008/04/14(月) 19:11:49|
  2. 食べ物

子を叩く親

子供を叩く行為について、こんな情報を見つけた。私はずっと、下に書いてあるような情報を探していたのかもしれない。口で言っても聞かない子には手を上げる「必要」があると堂々と言っていた親に、最も読んでほしいこと。

子供を叩くことは間違っているのでしょうか?
先日、3歳になる息子が道路に突然飛び出し、車は急停止してくれ、運良く事故にはなりませんでした。似たようなことがこれまでにも何度かあり、その度に注意したのですが、今回もまたヒヤッとしたので、思い切り何回も叩いて分からせようとしたのです。後になって3歳の子にそこまでしなくても良かったのでは、と後悔しています。今はすぐに暴力をふるうと虐待とかで騒がれています。それを思うと、やはり子供を叩くということは間違っているのでしょうか?(J・O、28歳、主婦、茨城県)

優しい言葉で、子供に宿る神性(しんせい)を引き出しましょう
回答者:田中 準二(生長の家本部講師)

あなたが3歳のお子さんに対して、もう二度と車の前に飛び出さないよう、必死の思いで何度も叩かれたお気持ちは、人の子の親として当然のこととも言えるでしょう。私も同じ立場でしたら、とっさに同じようなことをしていたかも知れません。私はかつてある人から、「私は幼い頃、悪さをして母に激しくお尻を叩かれたことがあったが、叩かれて泣きながらも、母の私を思う愛情をひしひしと感じた」という話を聞いたことがあります。
 親とは本当に有り難いものです。ただ、親が感情的になって叩いた場合には、必ずしも子供は納得しないでしょう。ここであなたが言われるように、叩かないで子供が納得するような対処の方法が他になかったか、冷静に考えてみましょう。
まず子供に道理を言って聞かせましょう
まず、あなたは同じことが過去に何度かあったと言われています。これは、お子さんには、なぜ道路に飛び出すと危険なのかがまだ十分に理解できていないということだと思います。これは、3歳の子としては当然と思われます。しかし、本当にあなたのお子さんは急に道路に飛び出すことの危険性が理解できないのでしょうか。『生命の實相』第14巻(生長の家創始者・谷口雅春著、頭注版全40巻、日本教文社刊)には、次のようにあります。

「子供が強硬に反対に出ようとしたならば、われらはいかにして彼らを善導(ぜんどう)すべきであろうか。諸君よ、子供を道理のわからぬ者として軽蔑するな。腕力や叱声(しっせい)のほかに彼らをため直す方法がないと思うな。子供には神性がやどっている。神性は天(てん)の理(り)である。道理そのものである。『道理』が道理に従うのは自然である。大人に対していうように、子供に対しても諄々(じゅんじゅん)として説いてきかせよ。もし諸君のいうことが道理にかなっているならば、子供はその道理に従うことを必ず喜ぶものだ」(170ページ)

愛情をもって真剣に説いて聴かせれば、子供はなぜ道路に急に飛び出してはいけないかの道理を理解するものです。「道路に急に飛び出しては、スピードのある自動車に轢(ひ)かれてしまうのよ。お母さんはあなたを本当に大切に思っているから、今急いであなたを止めようとして走って来たのよ。運転手さんもどんなにか驚いたか知れないのよ。感謝しようね」というように、懇切(こんせつ)に説いてきかせれば、必ず事の重大さを理解することでしょう。
子供に「善き行い」を優しく求めましょう

また、子供は愛する親の喜ぶことなら何でもするものです。親がどんなに子供を大切に思っているか、また道路に飛び出すことはどんなに危険かという「道理」を伝えたら、次に「車には気をつける」という善き行いを優しい言葉で子供に求めるとよいのです。

「子供の性質や欲望を正しき善き方向に訓練するには強制的方法をつかってはならないのである。子供には強制するよりも、子供自身に宿る神を生かすように深切(しんせつ)な優しい語調で求めるがよいのである。『こうしてくれれば母さんはどんなに嬉しいだろう』という調子に善き行為をなすことを子供に対して求めるのである。かくのごとくするときは、子供は善きことをすれば人が喜ぶものであることを覚えはじめる。人が喜ぶのを見ることは自分もどんなにまた嬉しいものであるかを体験しはじめる」(同書172ページ)

ここでいう「子供自身に宿る神」とは、大人の言うことを聴かない子供の表面的な姿ではなく、その奥にある素直で純粋な、目に見えぬ子供本来の「いのちの相(すがた)」のことです。この子供に宿る「本当の相(すがた)」を心で認めて、コトバで励ましながら引き出すとき、大人の言うことを素直に聴く子供本来の姿が現れて来るのです。







  1. 2008/04/12(土) 22:26:27|
  2. 思想

教育・育児について考えてみたり

児童の発達心理に関する
本で印象的だったこと:

「人は生まれたとき、人生で最初に出会い接触する相手が母親であり、その母親が生まれてきた子にどう接しどのような感情を注ぐかで、その子が誰かが決まる。即ち、人は生まれてきた環境により、自分自身の存在価値を見出していく。潜在的に、自分は受け入れられているか、全体的に認めてもらえているかを。それらを確立していく上で、他へどう接する人物になるかが形成される。母親に受け入れられず、愛情もなく育った子が、周りの人間を受け入れることができるだろうか。」 

これは生まれたばかりの子にとって母親の存在とその影響が何よりも大きいということを示しているが、その他幼児期に受ける周囲による影響もとても大事ということ。人は幼ければ幼いほど多くを吸収し、潜在意識という巨大な倉庫に記憶の全てを貯蓄する生き物。人は幼い時に否定的感情や影響を受ければ受けるほど、心は冷たく硬くなっていく。
見方によっては人はコンピュータの数万倍、数億倍は複雑で理解不能な脳を持っている。しかし、人間らしさを強調する最も特別で、ありがたいものこそが、他を思いやる気持ちであり「心」ではないだろうか。

人の心を醜くする原因とういうものは、様々だと思うが、愛し最も信頼する存在からの拒絶によって生じる不信感や失望など、強く否定的な要因によるものだと思う。が、それらの心の傷は子供のうちはまだまだ救いの余地がある。問題は、心に傷を負った子供が救われることなく大人になってしまったとき。

心に問題を抱えたままの大人が、自己の問題と向かい合うこともなく、機械的な生活を送り、結婚し家庭を持ったら。歪んだ家庭環境が生まれる可能性は大きいと言える。その家庭に生まれた子供は、十分に愛されるだろうか。虐待の対象にされてないか。両親の喧嘩や暴力、離婚を体験しているかもしれない。それはまた、子供の心に傷を残していく。

今の教育制度から、職場から、家庭内から、人と人が接触し、行動を共にする場である環境の全てにおいて見直す必要があると思う。

千葉県木更津市のある保育園では、子供を自然の中でびのび保育しているそうで、その特集をNHK放送で見たけど、素晴らしいです。そこは特別なようだけど、どこの保育園も、幼稚園も、さらには小学校もそのような方針を積極的に取り入れたらよいのに、と心から思う。

  1. 2008/04/10(木) 16:49:55|
  2. 思想

英会話レッスン

昼間の空いた時間にできることはないか考えていたら、友達からの「英会話レッスン始めたら?」というアイディアが、妙に気になって少し真剣に考えています。以前にもその話していた人がいた。

でも私は英語教えたこともないし、資格を持っているわけでもないので、まずどこから初めていいのかもわからん。

考えとしては、小さいお子さんのいるお母さんたちを、子供と一緒の親子クラスとして活動すること。アメリカで今人気のbaby einstein シリーズのDVDをBGMにしたり。

目的は英会話を通して親子の絆を深めていくこと。お母さんが日常的に正しい英語で子どもに語りかけれるよう英語のスキルアップを目指す。

お母さんが笑顔で元気に英語を使っていれば、子どもは自然と英語を覚えるでしょう。まずは親子共々、英語は楽しく学ぶものという認識が大事。


  1. 2008/03/13(木) 16:33:07|
  2. 未分類

一年ぶり

ほとんど一年近くぶりに日記更新です。英語で書くのがめんどくさくなって以来放置してた。ミクシーから外したのがきっかけかな。英語と日本語両方でしかも育児、家事、夫の仕事の手伝いから自分の趣味や仕事まで。暇がなさすぎ。でもいざ見てみると懐かしいしもったいない気がして。

やることは無数にあるんだけどなぜかこういうことに気が行ってしまう。

夫はまだ帰らない。娘はもう寝ている時間。だからか、余計に自分の唯一の時間を味わいたくなるのかもしれない。主婦ってこういうことだったのかしら。

いや、世界には色んな主婦がいるかな。





  1. 2007/10/25(木) 23:38:23|
  2. 未分類
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